メニュー

芽豆羅グループについて

芽豆羅(めずら)の由来

初代理事長(安東文二郎)が日本書紀に記されていた梅豆羅国(メズラノクニ)という響きが気に入り、若いころからペンネームとして使用していたそうです。戦後、食糧不足による厳しい栄養事情や地域環境のなか、命を落としていく幼いこどもたちに、医療に携わりながら思いを馳せ「子供たちが豆から芽が出るようにすくすくと成長してほしい」という願いを込め梅の字ではなく芽を充てて芽豆羅保育園を設立しました。

参考:日本書紀 神功皇后(五)火前国松浦国・梅豆羅国の地名説話

 (原文抜粋)
「朕、西欲求財国。若有成事者、河魚飲鉤。」因以舉竿、乃獲細鱗魚。時皇后曰「希見物也。(希見、此云梅豆邏志。)」故時人號其處曰梅豆羅国、今謂松浦訛焉。

(現代語訳)
「わたしは西の方の財(タカラ)の国を求めようと思う。もしも事を成すならば、河の魚(イオ)は鉤(チ)を飲めっ!」 それで竿をあげると、細鱗魚(アユ=鮎)が取れました。それで皇后は言いました。 「珍しいものだ」希見は梅豆邏志(メズラシ)と読みます。それでその時代の人はその場所を梅豆羅国(メズラノクニ)といいます。今、松浦(マツラ)というのは訛ったからです。

運営理念 

生命ある限り、その人がその人の人生を、その人らしく生きていくことを支援する

芽豆羅グループ全体の取り組み

  • 尊厳を守り自立を支援します。
  • ご利用者の選択にむよるサービスの決定を行います。
  • 「地域福祉のネットワークの一員としての事業者を目指します。
  • 内部研修・外部研修等自己研鑽に努めます。

芽豆羅グループの強み

地域に根ざした、医療・福祉サービスの充実、人生のどの場面でも選択、サポートができます。

地域の皆様へ

  • 私たちは、ご利用者が望む地域での暮らしを支援し、地域の生活課題を地域において解決できるように、住民との協働に努めます。
  • 保健・医療・福祉・地域との連携を行い、地域の核となる事業者を目指します。

 

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME